井川陣屋跡(読み)いがわじんやあと

日本歴史地名大系 「井川陣屋跡」の解説

井川陣屋跡
いがわじんやあと

[現在地名]敦賀市井川

小浜藩主酒井忠直が天和二年(一六八二)死去遺志により遺領配分が行われた。五男数馬忠垠には敦賀郡内に三千石・一一ヵ村(新保・葉原・越坂・谷口・井川・中・吉河・鳩原・古田苅・鋳物師・今浜。今浜のみ本藩と相給)が分知され、忠垠は高家格に取立てられた。在地支配は本藩にゆだねられていたが、宝暦七年(一七五七)九月、小浜藩敦賀代官所で本藩との間に授受を終え、領地の直接支配が始められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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