仁堀河原毛村(読み)にぼりかわらげむら

日本歴史地名大系 「仁堀河原毛村」の解説

仁堀河原毛村
にぼりかわらげむら

[現在地名]吉井町仁堀中にぼりなか

山之上やまのうえ村の北にある。山々が連なり、村のほぼ中央をすな川が南流する。奈良東大寺の造営料国であった備前国の建仁三年(一二〇三)麦惣散用帳(東大史料編纂所蔵)に「仁堀保」とみえ、重源の弟子善阿弥陀仏が収納責任にあたり、有能が納入者で一八石余のうち一五石余が津納、三石余が郷未進とある。「太平記」巻三八(諸国宮方蜂起事付越中軍事)によれば、康安二年(一三六二)六月、山名時氏の一勢が「備前仁万堀」に布陣しているが、当地近辺にあたるか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む