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仁寛 にんかん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

仁寛 にんかん

?-? 平安時代後期の僧。
源俊房の子。真言宗。兄の勝覚(しょうかく)に灌頂(かんじょう)をうけ,輔仁(すけひと)親王の護持僧となる。永久元年(1113)鳥羽(とば)天皇暗殺を計画して伊豆(いず)へ流され,名を蓮念とあらためる。密教と陰陽道が混交した立川流の祖ともいわれる。通称は東院阿闍梨(あじゃり),伊豆阿闍梨など。法名は任寛とも。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

仁寛

生年:生没年不詳
平安後期の真言宗の僧。左大臣源俊房の子。京都出身。立川流の始祖として知られる。康和3(1101)年,醍醐寺無量光院に於いて,兄の三宝院勝覚 から伝法灌頂を受ける。後三条天皇の第3皇子輔仁親王の護持僧。不遇の輔仁親王を天皇位に就けようと永久1(1113)年鳥羽天皇暗殺計画を企てる。事件発覚後,伊豆国(静岡県)大仁に配流され名を蓮念と改める。約4カ月後に投岩自殺を図り没したというが定かでない。その間,配所で在俗の人々に真言密教を授ける。弟子に寂乗,観蓮,見蓮,観照がいる。なかでも武蔵国立川(東京都)の陰陽師見蓮は,密教に陰陽道を混入させた一説を作り,師の名を借りて蓮念の名で広める。これがのちに真言宗に影響を与え全国規模で流行した立川流の始まりといわれる。さらに,南北朝期の高野山の僧宥快が立川流を邪教とする『宝鏡鈔』に記したことから,仁寛がその祖とされてきた。今日では,仁寛と立川流の関係が明らかにされるなか,立川流の起源は兄の勝覚にあるとの説も現れ,仁寛=立川流の祖といった見解には疑問が投げ掛けられている。<参考文献>守山聖真『立川邪教とその社会的背景の研究』

(井野上眞弓)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の仁寛の言及

【立川流】より

…平安時代末,崇徳天皇の護持僧をつとめた醍醐山東院の仁寛(にんかん)を流祖とする真言密教の一流。密教の教理を曲解して,天地の森羅万象を金剛界と胎蔵界に分け,これに男女を配して大日如来にあて,男女の交合をもって即身成仏の秘法とし,煩悩即菩提の極致であると説く。…

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