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今村百八郎 いまむら ひゃくはちろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

今村百八郎 いまむら-ひゃくはちろう

1842-1876 幕末-明治時代の武士,士族。
天保(てんぽう)13年生まれ。宮崎車之助の弟。筑前(ちくぜん)(福岡県)秋月藩士明治9年熊本の神風連(じんぷうれん)のに呼応して,兄や磯淳(いそ-あつし)らとともに挙兵(秋月の乱)。豊前(ぶぜん)豊津(福岡県)で小倉鎮台兵に敗れる。同年12月3日処刑された。35歳。本姓は宮崎。名は増賀

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

今村百八郎

没年:明治9.12.3(1876)
生年天保13(1842)
幕末維新期の筑前秋月藩(福岡県)藩士,士族反乱指導者。宮崎丹下の3男,車之助の弟。今村家養子となる。熊本神風連に呼応するように,明治9(1876)年10月27日益田静方,兄車之助らと共に挙兵,政府軍に敗れ処刑される。

(井上勲)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の今村百八郎の言及

【秋月の乱】より

…秋月党の主張は主として国権の拡張にあり,とくに〈征韓〉問題に対する政府の処置に反対した。福岡県士族(旧秋月藩士)宮崎車之助,今村百八郎(宮崎の実弟),磯淳らは,神風連の挙兵(10月24日)を知り,10月27日,約250名(400名とも500名ともいう)で立ち上がり,豊前豊津に入り,旧小倉の士族を強誘して萩の前原軍(10月28日挙兵)と合流を企図した。しかし,小倉の士族は呼応せず,福岡・小倉の政府軍にほどなく鎮圧された。…

※「今村百八郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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