今町新田(読み)いままちしんでん

日本歴史地名大系 「今町新田」の解説

今町新田
いままちしんでん

[現在地名]見附市今町・今町一―七丁目・坂井(さかい)町一丁目

上(かみ)新田の北、西の刈谷田(かりやだ)川対岸は猫(ねこ)興野・中之島(なかのしま)村(現南蒲原郡中之島村)。元禄一一年(一六九八)の新田年号并枝村方角道法付(新発田市立図書館蔵)によると、寛永一五年(一六三八)の開発。年不詳の新発田領村々開発録(釈迦塚区有文書)には慶長七年(一六〇二)の開発とあり、開発名主は孫右衛門で、寛文五年(一六六五)に今町と号すると記す。近世を通じて今町と呼称されている。寛保組村郷帳石高(同文書)では田四二町八反余・畑一三町五反余、分米二九一石余、家数一六五(うち本家二五・名子一四〇)、ほかに借屋二四〇、男九〇三・女七八七。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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