20世紀日本人名事典 「仲田定之助」の解説
仲田 定之助
ナカダ サダノスケ
大正・昭和期の美術評論家,実業家 昭和鉱石綿社長。
- 生年
- 明治21(1888)年7月2日
- 没年
- 昭和45(1970)年11月11日
- 出生地
- 東京・日本橋
- 学歴〔年〕
- 錦城中学校〔明治39年〕中退
- 主な受賞名〔年〕
- エッセイスト・クラブ賞〔昭和45年〕「明治商売往来」
- 経歴
- 高田商会に入り、大正8年三工商会専務、11年ドイツ留学。第一次大戦後の新興美術に興味を持ち、ワイマール・バウハウスを訪問した。13年帰国、美術雑誌にバウハウスの紹介記事を発表、三科造型美術協会会員に迎えられた。14年同会2回展に彫刻「ブーベンコップのヴィナス」を出品。昭和2年洋画家・三島菊代(仲田好江)と結婚。3年中原実と画廊・九段でクレー、カンジンスキー作品展を開いた。その後実業界で活躍、8年昭和鉄合金取締役、11年専務、13〜22年三共産業社長、17年昭和鉱石綿社長、27年昭和鉄合金、三共産業各取締役、36年石綿工業会副理事長、45年まで昭和鉱石綿社長。著書に明治下町風俗を記録した「明治商売往来」。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報