伊予熊権現(読み)いよくまごんげん

日本歴史地名大系 「伊予熊権現」の解説

伊予熊権現
いよくまごんげん

大須伎神社の境内社。山麓蒼社そうじや川にも伊予熊堰があり、古くは弥熊いやくま権現社という。祭神は伊邪那美命・予母都事解之男命・熊野忍隅命。「予陽郡郷俚諺集」に次のように記す。

<資料は省略されています>

その後廃絶したが、同地より寛文九年(一六六九)に多宝塔・経筒などが発見され、藩主松平定房の命により御絵堂・神殿・御宝蔵・仁王門を建築し、桜並木を植えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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