伊南庄(読み)いなんのしよう

日本歴史地名大系 「伊南庄」の解説

伊南庄
いなんのしよう

古代の夷隅郡が南北に分けられて成立した伊南郡が庄園化したと考えられ、現在の夷隅郡の東半部に比定される。「吾妻鏡」治承四年(一一八〇)一〇月三日条には伊北(いほう)庄司常仲の父として伊南新介常景とみえ、伊南庄の存在が想定できる。千葉大系図には上総常景を伊西新介と注記し、長子常仲を伊北庄司、次子常能を伊南庄司と注記している。当庄は伊北庄を含め伊隅(いすみ)庄とも称され、鳥羽金剛心(とばこんごうしん)院(現京都市伏見区)領であったが(「吾妻鏡」文治四年六月四日条)、国衙ともかかわりをもつ当地の領主であった常景によって寄進されたものと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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