日本大百科全書(ニッポニカ) 「伊文字」の意味・わかりやすい解説
伊文字
いもじ
狂言の曲名。女狂言、嫁取り物。妻乞(つまご)いのため清水(きよみず)の観世音に参籠(さんろう)した主人が夢のお告げを受け、西門へ行くと女(前シテ)が立っている。太郎冠者(かじゃ)に住まいを尋ねさせると、女は「恋しくは問うても来たれ伊勢(いせ)の国伊勢寺本(いせでらもと)に住むぞわらわは」と和歌で答えて去ってしまう。冠者が「……来たれ、い」のあとを覚えていないので、主従は歌関(うたぜき)を設け、通りかかった使いの者(後シテ)に歌のあとをつけさせる。使いの者は足拍子もリズミカルに舞いながら歌を吟じて全文を引き出し、主従と名残(なごり)を惜しむ謡(うたい)をうたって別れを告げる。歌関という着想が優雅で、叙情味の濃い曲である。女と使いの者を1人で演ずるのも狂言では珍しい。
[小林 責]