伊達野村(読み)いたちのむら

日本歴史地名大系 「伊達野村」の解説

伊達野村
いたちのむら

[現在地名]南国市伊達野

香長(かちよう)平野中央部にあり、北東は船岡(ふなおか)山、南は向(むかい)山を挟んで下田(しもだ)村、西は介良(けら)村(現高知市)。村の中央部には旧物部(ものべ)川と伝える河道跡があり、山麓は低湿な三角洲である。元禄地払帳に「介良村之内介良野村」とみえるのが当村で、総地高四七八石余はすべて新田、うち貢物地六〇石余、残りは五名の知行、二名の役知、一〇名の領知、そのほか五台山供田。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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