伏見街道筋(読み)ふしみかいどうすじ

日本歴史地名大系 「伏見街道筋」の解説

伏見街道筋
ふしみかいどうすじ

五条通より伏見(現伏見区)に至る南北路。五条通より北は垣町(かきまち)通という。五条橋東詰より三筋目にあたり、「伏見への往還の街道也」(宝暦一二年刊「京町鑑」)とある。江戸時代には本町(ほんまち)通の名も併用され、現在では本町通と称する。京都御役所向大概覚書や文政三年(一八二〇)下京軒役分割帳(占出山町有文書)などは伏見通の名を採る。寛保初京大絵図には「本町伏見街道」とある。

沿道には、森下町・金屋(かなや)町(建仁(けんにん)寺門前)が垣町通で、その南に本町一町目から同十町目、同新五町目(新正面町)・同新六町目(大仏廻(だいぶつまわ)り)が位置し、延宝六年(一六七八)刊「京雀跡追」に「猶此南はとうふくじ」とみえるように、更に東福寺門前の一二町が連なった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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