佐々久神社(読み)ささくじんじや

日本歴史地名大系 「佐々久神社」の解説

佐々久神社
ささくじんじや

[現在地名]東予市安用

安用やすもち村の東部、分離丘陵佐々久山(五五・九メートル)上にあり、社殿は北面して建つ。式内社で、祭神は大鷦鷯尊・神八井耳命。

「古事記」によれば神八井耳命は伊余国造の祖と記す。古くは山の西南隅にあったらしく、「伊予温故録」に「往古神殿は山の西南角にあり」と記す。佐々久山を中心とする一帯は佐々久原、または佐志久さしく原とよばれ、康暦元年(一三七九)一一月、伊予国に侵入してきた讃岐細川頼之軍を迎え撃って敗れた湯築ゆづき城主河野通尭の古戦場である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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