佐々木持清(読み)ささきもちきよ

改訂新版 世界大百科事典 「佐々木持清」の意味・わかりやすい解説

佐々木持清 (ささきもちきよ)
生没年:1417-70(応永24-文明2)

室町時代武将。法号生観。佐々木京極)高光の子。中務少輔。大膳大夫。1441年(嘉吉1)12月,嘉吉の変で闘って死んだ叔父京極高数の跡をうけて,出雲隠岐,飛驒3ヵ国の守護となった。1441年から47年(文安4),および49年(宝徳1)から66年(文正1)までの2度にわたって侍所頭人を務めた。応仁の乱では東軍につき,69年には,幕府(東軍)より近江守護に補任された。
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