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京極 きょうごく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

京極
きょうごく

京都市内の地名。かつては京の端を意味した。平安京は,南北に通じる朱雀大路 (現在の千本通) によって右京左京に分れ,さらに東西南北に走る道路によって区画されていた。この最東端の道路を東京極 (現在の寺町) ,最西端の道路を西京極,最南端を南京極 (現在の九条) ,最北端を北京極 (現在の一条) と呼んだ。初めは右京が栄えたが,のち繁華は左京に移った。この左京の東京極が現在の中京区寺町通で,その東側を三条通から四条通まで南北に通じる通りが新京極と呼ばれ,映画館,劇場,みやげ物店,飲食店などの立並ぶ繁華街となっている。

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デジタル大辞泉の解説

きょう‐ごく〔キヤウ‐〕【京極】

平安京の四周の大路。それぞれ東京極・西京極・南京極(九条大路)・北京極(一条大路)といった。
京都市の新京極の通称。

きょうごく【京極】[姓氏]

姓氏の一。
室町時代の守護大名。佐々木信綱の四男氏信が京都の京極に邸を構えたのに始まる。四職(ししき)家の一。
[補説]「京極」姓の人物
京極高次(きょうごくたかつぐ)
京極為兼(きょうごくためかね)
京極夏彦(きょうごくなつひこ)

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百科事典マイペディアの解説

京極【きょうごく】

京の端の意で,平安京(現在の京都市)の東西両端に東および西京極大路(おおじ)が南北に通じていた。1590年豊臣秀吉は東京極に市中の寺院を集め寺町とした。現在は寺町の東通りが新京極としてにぎわい,西京極はそのまま右京区西京極として残る。

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大辞林 第三版の解説

きょうごく【京極】

古代都城制における縁辺部。
特に、平安京の東西の両端。東端に東京極大路、西端に西京極大路が南北に貫いていた。きょうはて。
◇ 京都市の新京極の通称。

きょうごく【京極】

姓氏の一。
宇多源氏。近江の佐々木氏の一流。室町時代の有力守護大名。四職の一。応仁の乱後は衰退。
藤原北家御子左流の為家の子為教を祖とする歌道の家。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔地域名〕京極(きょうごく)


京都府京都市内にある一地区。
古くから平安京の東端・西端の大路を東京極・西京極と呼び、とくに東京極(寺町通)は単に京極ということが多い。

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