佐留志村(読み)さるしむら

日本歴史地名大系 「佐留志村」の解説

佐留志村
さるしむら

[現在地名]江北町大字佐留志

東は現小城おぎ郡と境し、南は六角ろつかく川と牛津川の合流地点が境となっている。正保絵図に村名がみえる。天文一四年(一五四五)前田志摩守が、領地として千葉喜胤より佐留志村を与えられた(肥前国誌)という。

この村にけんけん石とよばれる古墳の腰石や積石が集められた舌状の丘陵突出部がある。これをもと古猿石こざるいしと称し、野猿が石の上で木の実を食べたり、遊んでいたことから佐留志とよばれるようになり、地名となったと伝える。竜造寺隆信のため敗れた島原しまばら有馬の家臣高木鑑季・鑑房親子が一時この村に隠棲したが、前田志摩守のため親子ともに首を斬られた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 胴体 島原 六角

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む