佐貫藩陣屋跡(読み)さぬきはんじんやあと

日本歴史地名大系 「佐貫藩陣屋跡」の解説

佐貫藩陣屋跡
さぬきはんじんやあと

[現在地名]富津市佐貫

内藤氏・松平氏・阿部氏の政庁跡。天正一八年(一五九〇)八月徳川家康の関東入部に伴い内藤家長天羽あまは郡内に二万石を与えられ、佐貫城に住したとされる。慶長五年(一六〇〇)政長が襲封、同七年同郡内で一万石の加増があり、元和元年(一六一五)には天羽郡および安房へい郡で計四万石の領知になり、同五年四万五千石となる。同八年松平(桜井)忠重が一万五千石で入封し、寛永一〇年(一六三三)駿河田中藩に転封となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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