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内藤家長 ないとう いえなが

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

内藤家長 ないとう-いえなが

1546-1600 織豊時代の武将。
天文(てんぶん)15年生まれ。内藤清長(きよなが)の長男。徳川氏の家臣。天正(てんしょう)18年徳川家康の関東入部の際,上総(かずさ)(千葉県)佐貫(さぬき)城主となる。2万石。慶長5年関ケ原の戦い鳥居元忠(とりい-もとただ)らと山城(京都府)伏見城をまもったが,西軍に敗れて同年8月1日自刃(じじん)。55歳。幼名は金一郎。通称は弥次右衛門。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典内の内藤家長の言及

【内藤氏】より

…(1)周防,長門の中世武家。大内氏の重臣で15世紀半ばから長門守護代を世襲。内舎人(うどねり)の藤原氏から出た名字で,秀郷(ひでさと)流とも道長流とも伝えるが確証を得ない。〈盛〉の字を通字とした。鎌倉中期の史料によれば尾張国に地頭職をもっており,系図では平安時代の領有と伝えるので,東国に本拠をもち京都に出仕する武士だったらしい。1187年(文治3)内藤盛経らが周防国で東大寺の年貢米を横領し,90年(建久1)には内藤盛家が周防国遠石荘内石清水別宮領に乱入するなど,鎌倉初期に一族の周防での活動が目だち,周防に新所領を獲得したことがわかる。…

※「内藤家長」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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