作野谷村(読み)さくのやむら

日本歴史地名大系 「作野谷村」の解説

作野谷村
さくのやむら

[現在地名]結城市結城作ゆうきさく

小田林おたばやし南に位置。西を川が流れる。集落は台地上にあり、その中央を日光東街道が縦断。現在でも通称を作ノ谷という。村域から応安三年(一三七〇)板碑が一基発見されている。慶長六年(一六〇一)まで結城氏領であったとみられ、同年の結城秀康の越前転封によって天領となり、「寛文朱印留」では「作谷村」とみえ、久世広之(のち下総関宿藩主)領、元禄一六年(一七〇三)水野勝長への加増分として宛行われた(水野勝邦文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む