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結城秀康 ゆうきひでやす

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

結城秀康
ゆうきひでやす

[生]天正2(1574).2.8. 三河
[没]慶長12(1607).閏4.8. 越前
江戸時代初期の大名。越前福井藩主。徳川家康の次男。母は側室お万の方幼名,於義伊 (おぎい) 。天正 12 (1584) 年小牧・長久手の戦いの講和に際して豊臣秀吉養子となり,さらに同 19年下総の名族結城晴朝の養子となった。慶長5 (1600) 年の関ヶ原の戦いに際しては,結城にとどまって上杉景勝の西上を防いだ。その後,越前国と信濃,若狭の一部を合せて 67万石を領し,越前北庄を居城とした。

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デジタル大辞泉の解説

ゆうき‐ひでやす〔ゆふき‐〕【結城秀康】

[1574~1607]江戸初期の武将。徳川家康の次男。羽柴秀吉の養子となり、のち下総の結城晴朝の養子となる。関ヶ原の戦いののち、松平姓に戻り、福井藩主として越前67万石を領した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

結城秀康 ゆうき-ひでやす

1574-1607 織豊-江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)2年2月8日生まれ。徳川家康の次男。母はお万の方(小督局(おごうのつぼね))。天正12年豊臣秀吉の養子となり羽柴秀康を名のる。のち下総(しもうさ)の結城晴朝(はるとも)の娘婿となり10万1000石を相続。慶長5年越前(えちぜん)北庄(きたのしょう)藩(のちの福井藩)68万石に封じられ,翌年封地にはいる。権(ごんの)中納言。慶長12年閏(うるう)4月8日死去。34歳。幼名は於義丸(おぎまる)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

結城秀康

没年:慶長12.閏4.8(1607.6.2)
生年:天正2.2.8(1574.3.1)
江戸時代初期の大名,越前国福井藩(福井市)初代藩主。徳川家康の次男,母は側室で永見吉英の娘お万の方(長勝院)。秀忠の庶兄。幼名於義丸,のち三河守,権中納言などを称した。天正12(1584)年の小牧・長久手の戦講和後,豊臣秀吉の養子(実質は人質)となり羽柴秀康と称した。初陣は同15年秀吉九州出陣のとき。同18年秀吉の命により結城晴朝の養子となって下総国結城10万1000石を継ぎ結城秀朝と改めたが,のち秀康に復す。慶長5(1600)年の関ケ原の戦では下野国小山に出陣して上杉景勝の西上を阻止した。この功により11月越前一国68万石余を拝領,加賀前田氏に対する抑えの役目も負った。翌年7月北庄(のちの福井)に入部。直ちに知行割を行い,支城制を採用,本多富正府中城3万6750石,今村掃部に丸岡城2万5050石を与えるなど,重臣を領内の要所に配置して有事に備えた。城郭を改築し,商人や職人には地子を免除して来住を奨励するなど城下町を整備,また交通制度も整えて領国経営の基礎を固めた。さらにその家臣団構成には知行取500人前後,その知行高54万5000石余,1万石以上だけでも11人22万石余にのぼり,蔵入分が極端に少ないなどの特徴がみられる。諸書に,武勇の士を愛し,家康や秀忠の不興を買った者でも憚ることなく召し抱え,秀忠もまた兄に遠慮して,奇矯の振る舞いにも「越前は制外」といって見逃したことなどが伝えられるが,幕府公役などは諸大名並みに勤めている。没後,家臣の永見長次と土屋昌春が殉死した。<参考文献>橋本政宣「結城秀康について」(『国学院雑誌』1966年4月号),大道寺友山『越叟夜話』(『福井市史』資料編4巻)

(隼田嘉彦)

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世界大百科事典 第2版の解説

ゆうきひでやす【結城秀康】

1574‐1607(天正2‐慶長12)
江戸初期の大名。越前福井藩主。徳川家康の第2子。幼名於義丸。三河守,権中納言。遠江国宇布見村に生まれる。母は永井氏。小牧・長久手の戦後,豊臣(羽柴)秀吉の養子となって羽柴秀康と名のり,のち秀吉の命で下総の結城晴朝の養子となった。関ヶ原の戦後,越前国67万石を領した。秀康は武勇と威厳をもつ武将で諸大名からも敬服され,将軍秀忠も庶兄の秀康を尊重したという。【煎本 増夫】

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大辞林 第三版の解説

ゆうきひでやす【結城秀康】

1574~1607) 江戸初期の武将。徳川家康の二男。幼名、於義伊おぎい。小牧・長久手の戦いの講和に際し、豊臣秀吉の養子となった。のち下総しもうさ結城氏を継ぎ、関ヶ原の戦いののち松平姓に復し、越前北庄六七万石を領す。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

結城秀康
ゆうきひでやす
(1574―1607)

戦国期の武将。越前(えちぜん)福井藩初代藩主。正三位(しょうさんみ)、中納言(ちゅうなごん)。徳川家康の二男。生母は永見吉英(ながみよしひで)の娘於万(おまん)の方。幼名は於義丸(おぎまる)。1584年(天正12)小牧(こまき)・長久手(ながくて)の戦いの講和の際、豊臣(とよとみ)秀吉の養子となって羽柴(はしば)秀康と名のり、河内(かわち)(大阪府)に1万石の領地を与えられた。1590年8月下総(しもうさ)(茨城県)の結城晴朝(はるとも)の養嗣子(ようしし)に入り10万1000石の領地を支配。1600年(慶長5)関ヶ原の戦いでは宇都宮に在陣し、石田方の上杉景勝(かげかつ)、佐竹義宣(よしのぶ)の進陣を防ぎ、その功によって越前68万石へ加増転封となり、北庄(きたのしょう)城(福井城)の修築、城下の町割や領内の要地に腹心を配置するなど越前福井藩の基礎を固めた。慶長(けいちょう)12年閏(うるう)4月8日、34歳で病没。[市村高男]
『『結城市史 第1、第4巻』(1977、80・結城市) ▽『小山市史 史料編 近世1』(1982・小山市)』

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367日誕生日大事典の解説

結城秀康 (ゆうきひでやす)

生年月日:1574年2月8日
安土桃山時代;江戸時代前期の大名;徳川家康の次男
1607年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の結城秀康の言及

【越前国】より

…82年本能寺の変後,勝家は羽柴秀吉と対立し,翌年近江の賤ヶ岳に敗れ,勝家側に立った府中の前田利家は秀吉に下り,勝家は北ノ庄城に退いて,お市の方(信長の妹)とともに自刃して滅亡した。【松原 信之】
【近世】
 勝家のあとは,丹羽,堀,青木氏と続いたが,1600年(慶長5)関ヶ原の戦の後,北ノ庄の青木一矩はじめ織田秀雄,大谷吉継らの改易,堀尾吉晴の転封により旧領主はすべて越前を去り,徳川家康の次男結城秀康が越前一国68万石で入封し福井藩が成立した。24年(寛永1)福井藩が50万5000石余となったため,大野,勝山,木本(このもと),丸岡の諸藩が創出され,また敦賀郡が小浜京極氏に割かれ,以後小浜藩領となった。…

【徳川家康】より

… この報を受けて家康は一度は帰城したが,甲斐・信濃の帰属をめぐって北条氏直と対立し,8月甲斐国巨摩郡若神子(わかみこ)で対陣,やがて甲・信2国の領有を認めさせる和睦に成功,駿・遠・三・甲・信の5ヵ国を領有する大大名となった。84年,信長の子信雄(のぶかつ)を助けて小牧・長久手の戦で秀吉に大勝したが,信雄が秀吉に屈服したので家康も秀吉と和睦,第2子の於義丸(おぎまる)(のちの結城秀康)が秀吉の養子となる条件で上洛した。秀吉は妹朝日姫を家康に嫁がせ,さらに母を浜松に行かせた。…

【福井藩】より

…越前国(福井県)足羽郡福井に藩庁を置いた親藩。1600年(慶長5)関ヶ原の戦後,徳川家康の次男結城秀康が越前一国68万石を与えられて成立した。秀康は下総国結城から商工人を伴って入国しているが,城下町の地子を免除し,税制や交通を整備するなど領国経営の基礎を固めた。…

【松平氏】より

…三河時代には〈岩津の庶家〉と〈安城の庶家の頭〉の桜井家が序列の上位をしめたが,近世において大名となったのは形原,深溝,能見,大給,滝脇,桜井,藤井の7家であった。 新しい松平一族とは,家康の次男結城秀康の子孫(越前家)と三家の庶家(連枝),秀忠以後の歴代将軍の庶子や姻戚(保科,鷹司,越智(おち)),家康の異父弟久松氏系といった将軍の血縁グループ(家門)と,非血縁グループである。後者は松平姓を与えられた家臣(奥平,大須賀,戸田,松井,依田,柳沢)と,将軍の息女を正室に迎えた外様大名(13家)という擬制的一族である。…

※「結城秀康」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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