保木間村(読み)ほきまむら

日本歴史地名大系 「保木間村」の解説

保木間村
ほきまむら

[現在地名]足立区保木間一―五丁目・西保木間(にしほきま)一―四丁目・東保木間(ひがしほきま)一―二丁目・竹の塚(たけのつか)二―五丁目・同七丁目・保塚町(ほづかちよう)など

毛長(けなが)堀(現毛長川)の南岸に位置し、東は花又(はなまた)村、西は竹之塚(たけのつか)村、南は六月(ろくがつ)村。西部を南北に日光道中が通る。北条氏所領役帳に千葉殿(武蔵千葉氏)の所領として下足立「保木間村」一五貫文が記載されている。当地の天神社(現氷川神社)は古くは千葉氏の陣屋であったと伝える(風土記稿)。

田園簿に村名がみえ、田一千六〇〇石余・畑一六七石余、ほかに田三町八反歩・畑四反歩。元禄八年(一六九五)に検地が実施され、同一〇年の検地帳(江戸東京博物館蔵)によると総反別二〇一町七反余・高一千三七一石余で、枝郷の二ッ屋(ふたつや)新田を含む。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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