倭漢比羅夫(読み)やまとのあやの ひらぶ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「倭漢比羅夫」の解説

倭漢比羅夫 やまとのあやの-ひらぶ

?-? 飛鳥(あすか)時代の官吏
大化(たいか)元年(645)尾張(おわり)(愛知県)に派遣され,神への供えものを課した。3年用水路の掘削をまちがえる。白雉(はくち)元年,難波長柄豊碕宮(なにわのながらのとよさきのみや)の造営責任者として宮域の境界標識をたてた。荒田井(あらたいの)比羅夫,倭漢荒田井比羅夫とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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