僧正遍昭墓(読み)そうじようへんじようのはか

日本歴史地名大系 「僧正遍昭墓」の解説

僧正遍昭墓
そうじようへんじようのはか

[現在地名]山科区北花山中道町

阿弥陀寺の南、日ノ岡と西野山を結ぶ道に面し、墓石の傍らに桜樹が植えられている。

遍昭は六歌仙の一人として著名であるが、俗名良岑宗貞、桓武天皇皇子の大納言安世の子で、承和一三年(八四六)左近衛少将、嘉祥二年(八四九)蔵人頭。仁明天皇に仕えて寵を得たが、同三年天皇の死とともに出家。雲林(うりん)院(現北区に寺跡)・元慶(がんけい)寺を創建、仁和元年(八八五)元慶寺座主となり花山僧正と号した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 逸話

ガラス管球内に入れた高抵抗線に電流を流し,ジュール熱によって高温となり放射する光を利用するもの。抵抗線としてはタングステンが用いられ,その蒸発を防ぐためアルゴンおよび窒素ガスが管内に約 0.7気圧封入...

白熱電球の用語解説を読む