先崎村(読み)まつさきむら

日本歴史地名大系 「先崎村」の解説

先崎村
まつさきむら

[現在地名]佐倉市先崎

青菅あおすげ村の北に位置し、北は印旛いんば沼に臨む。近世初期は葛飾かつしか郡内とされたが(印旛郡誌)、元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分には印旛郡として村名がみえ、高一三一石余、佐倉藩領。鷲宮わしのみや大明神社(現鷲神社)領があった。以後佐倉藩領として幕末に至る。なお古くは松崎まつざき村と称したという。寛延二年(一七四九)の佐倉藩領村高覚によれば高一六六石余、新田改高一五石余、夫役永三八〇文余・萱銭永七〇〇文、諸役御免一九石余。幕末には佐倉藩領一八三石余のほかわし神社領五石・同社除地二石余がある(旧高旧領取調帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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