児玉小路(読み)こだましようじ

日本歴史地名大系 「児玉小路」の解説

児玉小路
こだましようじ

[現在地名]金沢市橋場町はしばちよう

北の並木なみき町と西の材木ざいもく町を結ぶ小路で、明治四年(一八七一)町立てされた。地名はかつて藩士児玉氏の屋敷があったことにちなむ(金沢古蹟志)。同家では六代藩主前田吉徳によって掃除坊主から大小将組にまで取立てられた弥藤次が、その立身によって知られる。「加能郷士辞彙」によれば、弥藤次は享保一五年(一七三〇)新知一三〇石で召抱えられ、度々加増を受けて寛保三年(一七四三)には禄高一千八〇石に達し、宝暦一〇年(一七六〇)に没している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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