八丁堀与作屋敷立跡(読み)はつちようぼりよさくやしきたてあと

日本歴史地名大系 「八丁堀与作屋敷立跡」の解説

八丁堀与作屋敷立跡
はつちようぼりよさくやしきたてあと

[現在地名]中央区八丁堀はつちようぼり一丁目

八丁堀金六はつちようぼりきんろく町立跡の東、亀島かめじま橋の西詰にある。南は入堀を挟んで八丁堀金六町など、東は亀島川に面し、北は亀島町八丁堀水谷はつちようぼりみずたに町一丁目などと同様に元禄年間(一六八八―一七〇四)町与力の屋敷となり、享保七年(一七二二)に収公されて築地から京橋与作屋敷が移ってきた。同一三年同屋敷は京橋川南岸の元地へ返り、跡地は八丁堀与作屋敷または八丁堀与作屋敷立跡と称された(沿革図書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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