八之窪村(読み)はちのくぼむら

日本歴史地名大系 「八之窪村」の解説

八之窪村
はちのくぼむら

[現在地名]佐世保市八(はち)の久保町(くぼちよう)

本山(もとやま)村の北に位置し、将冠(しようかん)岳がある。平戸往還の半坂(はんざか)峠がある。半坂峠の下方一〇〇メートルに東氏が守護した蜂久保(はちくぼ)城跡があり、永禄年間(一五五八―七〇)大野定晨は「蜂ノ久保の東一党」を攻め、東秀勝ら一〇〇余人が半坂で交戦したという。また飯盛(いいもり)城攻略の際にも一千余の軍勢が当地を攻め放火している(印山記)。石塁・空堀が残されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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