八樟村(読み)やつくぬぎむら

日本歴史地名大系 「八樟村」の解説

八樟村
やつくぬぎむら

[現在地名]志波姫町 八樟・南八樟みなみやつくぬぎ横峰浦よこみねうら台東だいひがしなど

堀口ほりぐち村の東にあり、北は刈敷かりしき村、東は沼崎ぬまざき村・梅崎うめざき村と接する。村内の樟明神社に樟八本があったことから村名が起きたと伝える。「安永風土記」には西大条四郎の屋敷内に同名社がみえ、また名木として七本の樟を記す。正保郷帳に村名がみえ、田六五貫九〇三文・畑一三貫四四二文で、ほかに新田四貫五三七文。「安永風土記」では田一四二貫文・畑一八貫八四八文とあり、蔵入五二貫四四三文、ほかは給所。人頭六九人、うち寛永一八年(一六四一)検地での竿答百姓は三八人。家数六九、男二一九・女一七五、馬六九。人頭のほかに沽却禿二〇。産物に御膳米をあげる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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