八箇村(読み)はつかむら

日本歴史地名大系 「八箇村」の解説

八箇村
はつかむら

[現在地名]十日町市八箇

現南魚沼郡六日むいか町境にある八箇峠に源を発する信濃川支流川治かわじ川流域の村。川治川はもと八箇川と称した。集落は川筋の八箇谷にあり、下流より関根せきね浅之平あさのたいら笹之沢ささのさわ池之平いけのたいら落之水おちのみず孕石はらみいし長里ながさと稲子平いなこだいら控木うとぎがある。右岸沿いに走る八箇峠越の道は、十日町から六日町むいかまちに至る最短距離の一つで、八箇峠の北方稜線上の中将岳なかじようだけ砦跡はこの往還を扼する位置にある。現在八箇峠と南の桝形ますがた(七四八・五メートル)の中間にトンネルが通る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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