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六人衆 ロクニンシュウ

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デジタル大辞泉の解説

ろくにん‐しゅう【六人衆】

江戸幕府初期の職名。寛永10年(1633)から同15年まで設置。定員は六人で、若年寄の前身といわれる。

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大辞林 第三版の解説

ろくにんしゅう【六人衆】

江戸幕府の初期に置かれた職名。定員は六名。のちの若年寄。

出典|三省堂
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世界大百科事典内の六人衆の言及

【三浦正次】より

…小姓組組頭,書院番組頭を経て小姓組番頭となり,30年(寛永7)には1万石を領し大名となった。33年松平信綱らとともに六人衆(のちの若年寄)となる。39年加増され2万5000石を領し,下野国壬生(みぶ)城主となる。…

【若年寄】より

老中が朝廷,寺社,諸大名など幕府外部の諸勢力を管轄することによって国政を担当したのに対して,若年寄は,旗本,御家人などを指揮,管理することにより,将軍家の家政機関としての幕府内部のことを掌握した。若年寄の職名と職掌は,3代将軍徳川家光の時代の六人衆に起源する。1632年(寛永9)大御所秀忠の死によって実質的に幕政を掌握した家光には,太田資宗三浦正次阿部重次阿部忠秋堀田正盛松平信綱の六人衆と呼ばれた6人の出頭人(しゆつとうにん)が存在しており,彼らは旗本を統率して家光の身辺を護衛すると同時に,常時家光に近侍して諸事を取り次ぐ役割を果たしていた。…

※「六人衆」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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