六条院中村(読み)ろくじよういんなかむら

日本歴史地名大系 「六条院中村」の解説

六条院中村
ろくじよういんなかむら

[現在地名]鴨方町六条院中・はとおか

六条院東村の西にあり、竜王りゆうおう山を境にして南は六条院西村の枝村安倉あくら(現寄島町)、北は口林くちばやし(現里庄町)。近世初頭は六条院村に含まれたとみられる。元文(一七三六―四一)頃の鴨方領明細帳(池田家文庫)には字として生石おんじよおろ赤鉢あかばちふちしり四条原しじようら真山戸まつばさ(真止戸山)がみられる。村域は東西二六町一五間、南北二八町三〇間。領主変遷は六条院東村と同じ。寛永備中国絵図に中六条院村とあり、高九九八石余。正保郷帳には枝村として四条原村がみえる。貞享元年(一六八四)の信州様御分知御見合帳では高一千三〇一石余、物成四三九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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