兼平村(読み)かねひらむら

日本歴史地名大系 「兼平村」の解説

兼平村
かねひらむら

[現在地名]岩木町兼平

南西に兼平山(一五九・三メートル)を負い、東は二本木(にほんぎ)村、北は五代(ごだい)村・築館(つきだて)村、南は如来瀬(によらいせ)村に接する。兼平山の尾根は岩木おろしを防ぎ、また南東から北へ平野が広がり、古くから開けた。五代・築館・如来瀬・鳥井野(とりいの)などの村々は兼平を親村として開発されたと思われる。

天文年間(一五三二―五五)の津軽郡中名字に兼平とある。現弘前市の蘭庭(らんてい)院は山号を金平山といい、発祥の地は種里(たねさと)(現西津軽郡鰺ヶ沢町)城主大浦光信の次男伊豆守盛純を始祖とする兼平氏の領地であるという(弘前寺院縁起誌)。如来瀬とともに永仁―応安年間(一二九三―一三七五)の板碑が一〇余基現存している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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