内ノ川村(読み)うちのかわむら

日本歴史地名大系 「内ノ川村」の解説

内ノ川村
うちのかわむら

[現在地名]白浜町内ノ川

西は富田(とんだ)川を隔て平(たいら)村に相対し、北は保呂(ほろ)村、南は庄川(しやがわ)村。富田川左岸の沖積地に開かれた村で、熊野街道大辺路が縦貫する。「続風土記」に「富田川村の西北を流れ其枝流に傍ひて人家散在す、内ノ川は其枝流より起れる名なり」とある。弘和三年(一三八三)八月二八日付の文書(小山文書)に「内河」の記載がある。戦国時代は富田川東南側一円に勢力をもった内川氏の本貫であったと伝える(続風土記)。

慶長検地高目録には「内野川村」と記され、村高四五七石余、小物成二斗四升二合。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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