内加賀野門跡(読み)うちかがのもんあと

日本歴史地名大系 「内加賀野門跡」の解説

内加賀野門跡
うちかがのもんあと

[現在地名]盛岡市上ノ橋町

内加賀野小路の北詰にあり、外加賀野(そとかがの)小路への出口にあたる。枡形があり、土手や柵を設けて出入りを取締った。寛永城下図に加賀野出口と記される惣門がみえ、河北地区の油(あぶら)町の遠曲輪から河南地区の加賀野の遠曲輪まで中津(なかつ)川を隔てて六六間あり、うち同川は二二間。河岸から内加賀野門までは六四間、門の東で遠曲輪は南に折れて新穀(しんこく)町惣門に至るが、その間は八六四間半とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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