内竪村(読み)うちたてむら

日本歴史地名大系 「内竪村」の解説

内竪村
うちたてむら

[現在地名]えびの市内竪

昌明寺しようみようじ村の西、川内せんだい川の北側にある。北は滝下たきした山など肥後境の山岳部に連なり、しら川・稲荷いなり川が南東へ流下して川内川に入る。江戸時代には吉田よしだ郷に属した。古くは内立馬場うちたてばば村と上下田じようげた村の二ヵ村であったとされる(三州御治世要覧)。寛文四年(一六六四)の諸県郡村高辻帳では内竪馬場村は表高四二八石余、上下田村は表高三五五石余。日向国覚書では上下田村に「般若寺越之村也」の注記がある。「三州御治世要覧」では内立村とあり、内高八六八石余。「薩藩政要録」では内竪村。幕府提出の郷帳類では内竪馬場村・上下田村の二村、鹿児島藩領では内竪村一村として扱われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む