川内(読み)カワウチ

デジタル大辞泉 「川内」の意味・読み・例文・類語

かわうち〔かはうち〕【川内】

福島県双葉郡にある村。阿武隈高地の中央部に位置し、村の約90パーセントを森林が占める。平伏へぶす沼はモリアオガエルの繁殖地として国の天然記念物に指定されている。

せんだい【川内】

鹿児島県北西部、川内川下流にあった市。平成16年(2004)周辺町村と合併して薩摩川内さつませんだい市となる。→薩摩川内

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精選版 日本国語大辞典 「川内」の意味・読み・例文・類語

せんだい【川内】

  1. 鹿児島県北西部の地名。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が都を置いた地と伝えられ、奈良時代には薩摩国の国府・国分寺が置かれた。昭和一五年(一九四〇)市制。平成一六年(二〇〇四)周辺町村と合併して薩摩川内(さつませんだい)市となる。

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日本歴史地名大系 「川内」の解説

川内
かわうち

[現在地名]仙台市川内三十人町かわうちさんじゆうにんまち川内亀岡北裏丁かわうちかめおかきたうらちよう川内亀岡町かわうちかめおかちよう川内山屋敷かわうちやまやしき川内大橋通かわうちおおはしどおり川内澱橋通かわうちよどみばしどおり川内明神横丁かわうちみようじんよこちよう川内大工町かわうちだいくまち川内川前丁かわうちかわまえちよう川内中かわうちなか瀬町せちよう川内追廻かわうちおいまわし川内元支倉かわうちもとはせくら川内柳町かわうちやなぎまち川内数寄屋丁かわうちすきやちよう川内新横丁かわうちしんよこちよう川内元支倉通かわうちもとはせくらどおり川内中の坂通かわうちなかのさかどおり青葉山あおばやま

広瀬川の右岸一帯、北は牛越うしごえ渡戸から南は同川にたつくち渓谷が合流する地点まで。北・東・南を広瀬川、西を青葉山と亀岡の御裏林で囲まれた一帯を広く川内と称した。広瀬川の浸食作用により台原だいのはら仙台上町せんだいかみまち・仙台中町・仙台下町の四河岸段丘が顕著にみられる。中心となる南部一帯を占有する仙台城は、この河岸段丘地形の高低を利用して築造された山城である。中世は名取郡方面から北上するあずま海道西沿いの地で、弘安五年(一二八二)・同一〇年・正安四年(一三〇二)銘などの板碑があったことからも知られるように、仙台築城以前にかなり開けていたと考えられる。当地に藤原秀衡の創建という龍川りゆうせん院、仙台城敷地をその旧跡とする長泉ちようせん寺などがあったと伝え(龍川院縁起)、また愛宕あたご山の虚空蔵堂に安置されていた虚空蔵菩薩・千体仏はもと同城の地にあったともいう(「貞山公治家記録」慶長五年条、「封内風土記」)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「川内」の意味・わかりやすい解説

川内(鹿児島県)
せんだい

鹿児島県北西部にあった旧市名(川内市)。現在は薩摩川内(さつませんだい)市の西部を占める一地区。1940年(昭和15)県内2番目に市制施行。1951年(昭和26)水引(みずひき)村、1956年高江村と永利(ながとし)村、1957年下東郷(しもとうごう)村の大部分、1965年高城(たき)町をそれぞれ編入。2004年(平成16)樋脇(ひわき)町、入来(いりき)町、東郷(とうごう)町、祁答院(けどういん)町、里(さと)村、上甑(かみこしき)村、下甑(しもこしき)村、鹿島(かしま)村と合併、薩摩川内市となる。かつては千台とも書かれ、川内という名称は、川内川と高城川の川内にあることによる。旧市域は川内川下流部にあって、中央部には盆地状の川内平野が形成され、これを山地が取り囲み、山地と沖積平野との間にシラス台地が広がる。季節の変わり目には霧が多く発生する。交通の要衝でJR鹿児島本線、九州新幹線、第三セクター肥薩おれんじ鉄道(ひさつおれんじてつどう)が通じ、国道3号と267号の分岐点であり、北薩(ほくさつ)の交易の中心である。また、河口一帯も重要港湾の指定を受けて整備が進んでいる。奈良時代には薩摩国府が置かれ、泰平(たいへい)寺、国分寺なども建立されて、南九州における政治、経済、文化の中心地であった。1587年(天正15)豊臣(とよとみ)秀吉の大軍が薩摩に侵攻、当時九州一円に覇を唱えていた島津義久(よしひさ)は降伏(こうふく)して泰平寺で和議が成立し、旧領が安堵(あんど)された。水田が多く、水稲生産は県内第2位であった。ほかに砂丘地のラッキョウ、山麓(さんろく)のミカンなどがある。小型底引網やパッチ網(引網の一種)によるカタクチイワシの沿岸漁業も行われ、内水面での養鰻(ようまん)も盛んである。工業では中越パルプと京セラの大工場をはじめ200を超える中小工場があり、年間出荷額は県内第3位であった。商業の販売額も県内第3位であった。川内川河口右岸には九州電力の火力発電所、左岸には原子力発電所が建設され、九州のエネルギー基地となってきた。薩摩国分寺跡は国指定史跡、永利のオガタマノキは国指定天然記念物。可愛(えの)山陵、国指定重要文化財の銅鏡などを所蔵する新田神社(にったじんじゃ)などがある。川内大綱引(秋分の日の前日に行われる)は有名。川内温泉もある。

[田島康弘]

『浜田亀峰著『鹿児島県川内郷土史』上下(1954、1955・川内市)』『『川内市史』上下(1976、1980・川内市)』



川内(村)
かわうち

福島県浜通り中部、双葉郡(ふたばぐん)にある村。阿武隈高地(あぶくまこうち)の農山村で、村域の約87%(1万7316ヘクタール)が山林であり、そのうち村有林が8203ヘクタールを占める。かつては林業が栄えたが現在は縮少し、シイタケや山菜の栽培が行われる。村の中央を南流する木戸川沿岸では農耕が行われ、近年は畜産、稲作が盛ん。ほかに高原野菜、ソバにも力を入れている。チップ、機械、縫製などの工場も立地する。中心地区は上川内で国道399号が通じ、県指定重要無形民俗文化財に川内の獅子舞(ししまい)がある。また名誉村民の詩人草野心平が寄贈した蔵書からなる天山文庫(てんざんぶんこ)や、古民芸品などを展示した阿武隈民芸館がある。国指定天然記念物に平伏沼モリアオガエル繁殖地(へぶすぬまもりあおがえるはんしょくち)があり、西部の大滝根山(1192メートル)は阿武隈高原中部県立自然公園の一部をなす。面積197.35平方キロメートル、人口2044(2020)。

[原田 榮]

〔東日本大震災〕2011年(平成23)の東日本大震災では死者99人、住家全壊8棟・半壊568棟を数えた(消防庁災害対策本部「平成23年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)について(第159報)」平成31年3月8日)。あわせて東京電力福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染によって避難指示区域(のちに避難指示解除準備区域居住制限区域帰還困難区域に再編)となったが、2016年までに避難指示は解除された。なお、2018年9月1日時点で、917世帯・2165人が帰還したが、512人(うち県外135人)がいまだに避難生活を送っている(ふくしま復興ステーション)。

[編集部 2019年10月18日]

『『川内村史』3巻・別巻1(1988~1992・川内村)』



川内(愛媛県)
かわうち

愛媛県中部、温泉郡(おんせんぐん)にあった旧町名(川内町(ちょう))。現在は東温市(とうおんし)の中央から東部を占める一地域。1955年(昭和30)に川上村と三内(みうち)村が合併し川内村が成立、翌年町制施行。2004年(平成16)重信(しげのぶ)町と合併し市制施行、東温市となる。旧町域は、松山平野の東部に位置し、松山市に近く、重信川とその支流表川、井内川などが流れる。国道11号(旧、金毘羅(こんぴら)道)、494号が通じ、松山自動車道の川内インターチェンジがある。南方(みなみがた)、松瀬川(ませかわ)は交通の要地であり、金毘羅道の宿場町として栄えた。ミカン栽培、林業が主であるが、近年は野菜・花卉(かき)を取り入れた都市近郊型農業へと転換しつつある。松山市の都市化に伴い工場立地や住宅地化が進んでいる。国指定重要文化財として、医王寺本堂内厨子(ずし)、三島神社本殿がある。吉久(よしひさ)地区お吉泉の河床は「オキチモズク発生地」として国の天然記念物に指定される。

[横山昭市]


川内(青森県)
かわうち

青森県北東部、下北郡(しもきたぐん)、下北半島南西部にあった旧町名(川内町(まち))。現在はむつ市の南西部を占める地域。1917年(大正6)町制施行。2005年(平成17)むつ市に編入。旧町域の大部分は下北山地で、低地は川内川流域と陸奥(むつ)湾沿いにみられるだけである。江戸時代には木材の積出し港として栄えた。大正期には安部城鉱山(あべしろこうざん)の開発で銅などを産出し、にぎわったが、昭和になって閉山した。農林業が主で、肉牛の飼育も盛んである。

[横山 弘]

『小井田幸哉著『川内町誌』復刻(1955・川内町公民館)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「川内」の意味・わかりやすい解説

川内
せんだい

鹿児島県北西部,薩摩川内市西部の旧市域。川内平野に位置する。 1940年市制。 1951年水引 (みずひき) 村,1956年高江 (たかえ) 村,永利 (ながとし) 村の2村,1957年下東郷村の一部,1965年高城 (たかじょう) 町をそれぞれ編入。 2004年樋脇町,入来町,東郷町,祁答院町,村,上甑村,下甑村,鹿島村と合体して薩摩川内市となった。中心市街地の川内は古代,薩摩国の国府,国分寺が置かれたところで,早くから川内川の河港として発達。主要産業は農業と工業で,農産物は米,サツマイモ,ラッキョウ,ゴボウなどが多く,畜産も行なわれる。工業は窯業,製紙,食品が中心。川内港臨海地域には九州電力の原子力発電所と火力発電所があり,南九州のエネルギー供給基地となっている。薩摩国分寺跡は国の史跡。新田神社には国の重要文化財の銅鏡がある。また永利のオガタマノキは国の天然記念物。

川内
かわうち

愛媛県中部,松山平野東部にある地区。旧町名。 1955年川上村と三内村が合体して川内村となり,1956年中川村の一部を編入して町制。 2004年9月,重信町と合併し,東温市となる。柑橘類の栽培を中心に農林業が行なわれるが,近年電機製品などの工場が進出している。国道 11号線の整備などで,西部は松山市の住宅地として特に発展。中心集落の川上は松山,新居浜,面河を結ぶ交通の要地。白猪滝,唐岬滝などの景勝地がある。お吉泉のオキチモズク発生地は天然記念物。

川内
かわうち

青森県北部,下北半島にある陸奥湾北岸,むつ市西部の旧町域。 1917年町制。 2005年むつ市に編入。林業が中心をなすが,湾内での漁業も盛んである。川内川支流の湯野川に臨んで,湯野川温泉がある。

川内
せんだい

那珂型軽巡洋艦」のページをご覧ください。

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改訂新版 世界大百科事典 「川内」の意味・わかりやすい解説

川内[村] (かわうち)

福島県東部,双葉郡の村。人口2820(2010)。阿武隈高地最高峰の大滝根山(1192m)東麓,木戸川上流を占める。村域の9割は林野からなり,うち半分近くは村有林で,これは明治初期に官有地に編入された9000haに及ぶ林地を1911年行政訴訟の勝訴により村有林としたもので,かつては製炭材を産出し,村の財政を支えた。就業人口の4割弱を第1次産業が占める典型的農山村で,木戸川沿いの平均高度450mの耕地では米,高原野菜,葉タバコが栽培され,畜産,酪農が増加している。西部の万太郎山近くにある平伏沼はモリアオガエル繁殖地として天然記念物に指定されている。上川内には草野心平の蔵書からなる天山文庫がある。大滝根山一帯は阿武隈高原中部県立自然公園に指定されている。2011年3月の福島原発事故に際し,村役場機能を一時,福島県郡山市へ移転したが,12年3月役場本庁で業務を再開した。
執筆者:


川内 (せんだい)


川内(青森) (かわうち)


川内(愛媛) (かわうち)

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百科事典マイペディア 「川内」の意味・わかりやすい解説

川内[市]【せんだい】

鹿児島県西部,川内川下流の川内平野を占める旧市。1940年市制。北薩摩の中心として古くから開け,薩摩国分寺が置かれた。中心市街は川内川に臨み,九州新幹線,鹿児島本線,肥薩おれんじ鉄道,国道3号線が通じる。サツマイモ,タバコのほかラッキョウなどの野菜栽培,乳牛飼育を営む農業都市であったが,港湾整備後製紙工場などが立地し臨海工業地の造成が進み,原子力発電所も立地する。近年はIC関連工場が進出するなど内陸部での工業開発も行われる。薩摩国分寺塔跡(史跡)があり,川内川河口付近の砂丘は景勝地。2004年10月薩摩郡樋脇町,入来町,東郷町,祁答院町,里村,上甑村,下甑村,鹿島村と合併し市制,薩摩川内市となる。265.44km2。7万3067人(2003)。

川内[町]【かわうち】

愛媛県中部,温泉郡の旧町。大部分山地で重信川上流域に低地がある。米麦,野菜,花卉(かき)を産し,畜産も行う。国道11号線が通じ松山市とバスで連絡。白猪(しらい)ノ滝がある。2004年9月温泉郡重信町と合併し市制,東温市となる。110.86km2。1万1335人(2003)。

川内[町]【かわうち】

青森県下北郡,下北半島西部の旧町。南は陸奥(むつ)湾に面し,ほとんど山地で耕地が少なく,ヒバ材の製材が盛ん。ホタテの養殖も行う。むつ市からバスが通じる。2005年3月下北郡大畑町,脇野沢村とむつ市へ編入。323.65km2。5753人(2003)。

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世界大百科事典(旧版)内の川内の言及

【広島平野】より

… 太田川下流低地は最大幅3kmの低平なはんらん原であり,自然堤防などの微高地が少ないので,かつてはたびたび洪水に見舞われた。川内は太田川本流と旧河道の古川との間につくられた輪中(わじゆう)であり,広島市への野菜供給地として重要であったが,近年急速に住宅地化している。広島デルタは典型的な円弧状三角州であり,太田川がその上を6筋の分流となって流れる。…

【川内[市]】より

…人口7万3138(1995)。川内川下流域を占め,西は東シナ海に面する。県内第3位の人口をもつ北薩(県北西部)の中心都市である。…

※「川内」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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