内藤政民(読み)ないとう まさたみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「内藤政民」の解説

内藤政民 ないとう-まさたみ

1806-1855 江戸時代後期の大名。
文化3年8月10日生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)藩主酒井忠徳(ただあり)の5男。内藤政璟(まさあきら)の養子となり,文政7年陸奥(むつ)湯長谷(ゆながや)藩(福島県)藩主内藤家10代。日光祭礼奉行や大坂城青屋口加番などをつとめた。隠居後,藩校致道館をひらき,子弟の教育にあたった。安政2年9月13日死去。50歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む