内西町(読み)うちにしまち

日本歴史地名大系 「内西町」の解説

内西町
うちにしまち

[現在地名]土浦市中央(ちゆうおう)一丁目・大手(おおて)町

土浦城の南西、二の丸の外側にあって、土手・堀に囲まれる。中城(なかじよう)町との境には大手門があった。慶長九年(一六〇四)藩主となった松平信吉によって藩士の居住地として開かれた郭。寛文―元禄(一六六一―一七〇四)頃の土浦城郭図(土浦市立図書館蔵)には侍町、享保年間(一七一六―三六)の土浦城郭図(同館蔵)には巽郭・西郭・三の丸、明治四年(一八七一)の土浦城郭図(同館蔵)には土浦城の南側にある巽郭、西側にある西郭とも内西町とあり、士族屋敷と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 中城 武士

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む