内西町(読み)うちにしまち

日本歴史地名大系 「内西町」の解説

内西町
うちにしまち

[現在地名]土浦市中央ちゆうおう一丁目・大手おおて

土浦城の南西、二の丸の外側にあって、土手・堀に囲まれる。中城なかじよう町との境には大手門があった。慶長九年(一六〇四)藩主となった松平信吉によって藩士の居住地として開かれた郭。寛文元禄(一六六一―一七〇四)頃の土浦城郭図(土浦市立図書館蔵)には侍町、享保年間(一七一六―三六)の土浦城郭図(同館蔵)には巽郭・西郭・三の丸、明治四年(一八七一)の土浦城郭図(同館蔵)には土浦城の南側にある巽郭、西側にある西郭とも内西町とあり、士族屋敷と記されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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