朝日日本歴史人物事典 「松平信吉」の解説
松平信吉
生年:天正11.9.3(1583.10.18)
江戸前期の下総佐倉,常陸水戸城主。武田信義,のち信吉と称す。徳川家康の5男。母は秋山虎康の娘,穴山梅雪の養女(下山殿)。浜松生まれ。戦国大名武田氏の名跡を継ぎ,武田七郎と名乗る。天正18(1590)年下総小金3万石,文禄1(1592)年佐倉4万石。佐倉では大久保長安が総奉行として領内検地を行う。慶長5(1600)年関ケ原の戦では江戸の留守居を務め,7年水戸15万石に転封。翌年死去して無嗣断絶し,跡に弟の徳川頼房が入封した。<参考文献>『水戸市史』中巻1,『成田市史』中世近世編
(根岸茂夫)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報