冠庄(読み)かんむりのしよう

日本歴史地名大系 「冠庄」の解説

冠庄
かんむりのしよう

正和四年(一三一五)一一月二三日の兵庫関合戦悪行輩交名注進状案(「摂津国古文書」内閣文庫蔵)に、守護使に対して刃傷などに及んだ西摂・北摂の国人たちに交じって、淀川沿岸の淀・下津しもつ(現京都市伏見区)一口いもあらい(現京都府久世郡久御山町)などの国人衆のうちに「ゆはらのかふりの住」とみえ、この頃すでに冠の地名が成立していたと思われる。「冠」は、庄域内の辻子ずしに勧請された冠須賀かんむりすが神社(現春日神社)に由来するという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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