刃物鍛冶町(読み)はものかじまち

日本歴史地名大系 「刃物鍛冶町」の解説

刃物鍛冶町
はものかじまち

[現在地名]上越市北本(きたほん)町一丁目

寄大工(よりだいく)町と土橋(どばし)町の境をなす東西路(下紺屋町で本町通から分れ西方浄国寺に至る)の、両町西端から浄国(じようこく)寺までの町。高田開府時には鍛冶町と称したがのち新鍛冶町ができ、合せて刃物鍛冶町と称するようになったという(高田市史)。天和期(一六八一―八四)には刃物鍛冶町と称しており無役の町、屋敷数二八、名主がいる(頸城郡誌稿)。正徳年間(一七一一―一六)の高田町各町記録(榊原家文書)によると井戸数三二、刃物鍛冶一人・仕立屋一人・鍋のいかけ一人・湯屋一人がいる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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