分間江戸大絵図(読み)ぶんけんえどおおえず

日本歴史地名大系 「分間江戸大絵図」の解説

分間江戸大絵図
ぶんけんえどおおえず

一六二・八×一九五・九センチ 木版手彩 金丸彦五郎・須原屋茂兵衛 明和八年―安政二年

解説 大絵図は過去二〇余タイトルが延宝以来九〇年余隆替しながら板行を続けていたが、路上での実用に不便で折本安見図の出現にほとんど一挙に壊滅したなかで、おそらく大江戸市街を一目する効果のためこの図一種のみが継続し、六〇年間大絵図界を独占した。のちに伊能忠敬測図に影響を受けたかと想像される高井蘭山・岡田屋嘉七ほかの天保改正御江戸大絵図(一一七・五×一三〇・五センチ、木版色刷、弘化二年―明治元年の刊記年)と、森楓斎・須原屋茂兵衛の分間江戸大絵図(一八二・四×二〇一・八センチ、木版色刷、安政六年―慶応二年の刊記年)との二種類が復活したが、大絵図はそれまでで終わった。


分間江戸大絵図
ぶんけんえどおおえず

一二七・五×一七六・〇センチ 木版手彩 須原治右衛門蔵板 享保一〇年 都立中央図書館蔵

解説 測量作図者不詳。「分間」を冠称するが、道路表現など図形式は別掲新板江戸大絵図絵入に近く、家紋も大大名に限り特徴は乏しい。版元は享保二年から寛保三年須原茂兵衛に代わり延享二年まで二九板が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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