朝日日本歴史人物事典 「須原屋茂兵衛」の解説
須原屋茂兵衛(4代)
生年:享保16.11(1731)
江戸書肆の4代目。「すわらや」とも。名は恭,号は恪斎。北畠氏。茂兵衛は代々の称。家号は千鐘房。初代宗元が紀州有田郡栖原から出て,万治年間(1658~61)に創業し,明治37(1904)年まで営業した。須原屋一統の本家で,幕府御書物師を務め,大名屋敷にも出入りし,元禄(1688~1704)より『武鑑』『江戸絵図』を中心に,幅広く書物を扱う日本橋通1丁目の名物書肆。恪斎は垣内氏から入り,京都出身の有力書店勢と競うなか,逆に京都に仕入れ店を出すなど経営拡大に努め,宝暦(1751~64)以後,目ざましく発展。伊藤蘭嵎,渋井太室に学び,自ら熊野の地誌をまとめた『熊野遊記』(1801)を残した。<参考文献>今田洋三『江戸の本屋さん』
(安永美恵)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報