切革屋町(読み)きりかわやまち

日本歴史地名大系 「切革屋町」の解説

切革屋町
きりかわやまち

[現在地名]柳川市恵美須町(えびすまち)

瀬高(せたか)町一丁目・同二丁目の北に並行する東西の通りに沿った両側町。西は札辻本(ふだのつじほん)町、東は堀を隔てて隠居(いんきよ)小路へ続く。町人地。革屋町ともいい(「記録帳」順光寺文書)、町名は立花宗茂の柳川再封の際、広田六郎右衛門が召連れてきた革師が居住したことに由来するという(慶応三年「西方寺寺記略」西方寺文書)。享保八年(一七二三)から同一一年の状況を示すとみられる町小路等絵図によれば竈数六四。道幅一間余・長さ七九間余(柳川惣町図)。年不詳の柳河町絵図(九州大学附属図書館六本松分館蔵檜垣文庫)によれば、居住者は町人のほか扶持人や武家奉公人が認められ、通りの東側には西方(さいほう)寺借地が一五軒確認される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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