刈谷城跡(読み)かりやじようあと

日本歴史地名大系 「刈谷城跡」の解説

刈谷城跡
かりやじようあと

[現在地名]刈谷市城町

衣浦(きぬうら)湾が北に入込む湾頭の刈谷台地の西端に位置する平城跡。水野氏から土井氏に至る二五代の居城であった。戦国期尾州小川(おがわ)(緒川、現知多郡東浦町)から西三河に進出し、本刈谷(もとかりや)の砦に拠った水野氏は、忠政に至って天文二年(一五三三)金(かね)ヶ小路(しようじ)の辺りに刈谷城を築いた。亀(き)城ともいい、北と南に浸食谷のある要害の地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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