前嶽溝(読み)ぜんがくこう

日本歴史地名大系 「前嶽溝」の解説

前嶽溝
ぜんがくこう

[現在地名]野村町野村

村の町からやや西の上野かみのにある渠溝。野村の徳山駒吉(一八八八年没)干害を防ぐため宇和川上流から水を引こうと野村組代官に願い出た。河西こうさいくらノカウドから野村中央部のおか池に至る水路をつけることになり、国枝吉太郎を顧問として、慶応三年(一八六七)夏着工し、翌明治元年秋に竣工した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む