前芝村(読み)まえしばむら

日本歴史地名大系 「前芝村」の解説

前芝村
まえしばむら

[現在地名]豊橋市前芝町

豊川右岸の湊で、もと前島まえじまと称したとの口碑があるから、豊川河口の島であったかもしれない。村域周辺には元禄六年(一六九三)青木あおき新田、同九年に加藤新田、同一七年に藤井ふじい新田、宝永四年(一七〇七)中村なかむら新田、享保一三年(一七二八)茅場かやば新田、同一六年に山内やまうち新田など大小の新田が開発された。天文一七年(一五四八)の今川義元宛行状(三川古文書)に「参河国知行分之事 一所伊奈 一所(前)芝湊并湊役東(西)南北傍示如前々 一所渡津平井村船役」とある分を本多縫殿助忠俊に宛行われた。これにより、前芝湊として従来より発達していたことがうかがい知れる。

寛永一二年(一六三五)の前芝村検地帳(加藤家文書)によると、反別は田畑屋敷ともに四二町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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