劉志丹(読み)りゅうしたん(その他表記)Liú Zhì dān

改訂新版 世界大百科事典 「劉志丹」の意味・わかりやすい解説

劉志丹 (りゅうしたん)
Liú Zhì dān
生没年:1903-36

中国の革命家,遊撃戦争の戦士。陝西省保安県の生れ。別名景桂。1925年中国共産党に入党し黄埔軍官学校に入った。卒業後,西北国民革命軍内で活動。第2次国内革命戦争期,西北とくに郷里の陝北で革命運動,遊撃戦争を展開,紅軍の拡充ソビエト区の拡大に大きな貢献をした。32年紅軍第26軍軍長,35年秋紅軍第15軍団副団長兼参謀長となり,〈長征〉をなしとげた中央紅軍・党を延安に迎え入れたのちも,紅軍第28軍軍長,西北革命軍事委副主席など,紅軍のいくつもの要職を兼任した。36年,抗日のために東征したが,山西省の三交で国民党軍との戦闘中に戦死した。生地の保安県は,劉志丹を記念して,志丹県と改められた。
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