日本歴史地名大系 「加佐志村」の解説 加佐志村かざしむら 埼玉県:狭山市加佐志村[現在地名]狭山市加佐志・狭山台(さやまだい)青柳(あおやぎ)村の西にあり、南は堀金(ほりかね)村、西は入間川(いるまがわ)村枝村沢(さわ)村。中央を北東に久保(くぼ)川が流れる。村名は「かさし」ともよび、風下と書く場合もある。出羽国の伴蔵人一俊は応永年間(一三九四―一四二八)当地へ移住、奥州から来てとどまったことにちなみ姓を奥留と改めたと伝える。田園簿では高三二石で皆畑、旗本朝比奈領・坂部領・蜂屋領。元禄一五年(一七〇二)には川越藩領(河越御領分明細記)。宝永元年(一七〇四)同藩領を離れた(同二年「秋元家領分村高写」群馬県館林市立図書館蔵)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by