加茂東村(読み)かもひがしむら

日本歴史地名大系 「加茂東村」の解説

加茂東村
かもひがしむら

[現在地名]豊田町加茂・東原(ひがしばら)・富丘(とみがおか)

磐田原台地西端と台地下の天竜川下流左岸平野部に立地し、東は加茂西村。豊田川・加茂川が南流し、寺谷(てらだに)用水幹川と前野(まえの)用水の分岐点にあたる。同村と加茂河原(かもかわら)村とともに加茂村ともよばれた。正保郷帳に村名がみえ、掛塚藩領。田方三九〇石余・畑方四二石余、加茂大明神領四石余・天神領四石・大円(だいえん)寺領三石・高後庵領三石・善福寺領二石。国立史料館本元禄郷帳では旗本加々爪次郎右衛門領、旧高旧領取調帳でも同家領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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