加野村(読み)かのむら

日本歴史地名大系 「加野村」の解説

加野村
かのむら

[現在地名]岐阜市加野・百楽町ひやくらくちよう

山県郡の南東端に位置する。武儀むぎ川と長良川が村の北東で合流し、集落は北の番場ばんば山、南の百々どどヶ峰から延びた支峰に挟まれた平地に立地する。加納などとも書く。中世芥見あくたみ庄の内として推移したとみられ、宮内庁書陵部蔵「管見記」八九の小弓肝要抄紙背文書に「芥見庄加納・岩滝等郷」とあり、応永六年(一三九九)足利義満の御教書によって、曼殊まんしゆ(現京都市左京区)門跡良順が管領することになった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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